こたに内科・甲状腺クリニック

院長のブログ

走る街であってほしい

2026年2月16日

地元で走れるということ

 

いわて盛岡シティマラソンが2026年を最後に中止される可能性があるという報道を目にしました。
医師である前に、一人のランナーとして、今の思いを静かに書き留めておきたいと思います。

1年をかけて迎える、たった1日

マラソンは1日で終わります。
しかしその1日のために、私たちは1年を過ごします。

早朝の冷たい空気の中を走り、仕事の後に疲れた体を引きずって走り、 思うようにいかない体調と向き合いながら、少しずつ前へ進んでいきます。
その積み重ねの先に、地元で走れる大会があるということの意味は、決して小さくありません。

実は、最初の数回の大会では、くまモンやミッキーマウスの仮装をして走ったこともあります。
仮装をして走るのは地元の大会だけでした。

自分たちが楽しむためだけでなく、沿道で応援してくださる方にも 少しでも笑顔になってもらえたら、という気持ちがありました。

「くまモンがんばれー!」
「ミッキー頑張って!」

子どもたちの声に手を振り、ハイタッチをしながら走った時間は、 今でも忘れられない思い出です。

あの日の笑顔があったからこそ、走ることがさらに好きになりました。

地元で走れるということは、努力が街とつながるということでもあります。


交通規制と、譲り合いの時間

交通規制が迷惑だという声もあります。
確かに不便はあるでしょう。

しかし規制は年に1回、数時間程度です。
その数時間の不便と、一年を通じて積み重ねられる努力や喜び。
どちらがこの街を少し豊かにするのか、私は静かに考えてしまいます。

地域とは、少しの譲り合いで成り立つものではないでしょうか。


優先順位という問い

今回の背景には、盛岡市の財政見直しがあります。

盛岡市の市議会議員定数は38人。
人口20〜30万人規模の市の平均は約30.8人とされています。

単純比較はできませんし、議会の役割が重要であることも理解しています。
それでも市民として、「何を守り、何を削るのか」という優先順位が、 もっと丁寧に共有されてほしいと感じます。


命と生活を見ているからこそ

冬場、除雪が十分でない道路で転倒する高齢者を診ることがあります。
熊出没のニュースに、不安を抱く患者さんもいます。

生活インフラや安全対策は、確かに命と健康に直結します。
だからこそ財源の使い方は大切な議論です。

しかし同時に、体を動かす人がいる街、挑戦する人がいる街は、 長い目で見れば地域の健康を支える力になるとも感じています。


それでも、私は走り続ける

大会がなくなるかもしれない。
環境が変わるかもしれない。

それでも、私は走ります。

走ることは、順位のためでも記録のためでもなく、
自分の体と向き合い、心を整え、日々を前向きに生きるための時間だからです。

楽しみであり、健康の礎であり、人生のリズムそのものでもあります。

もし大会がなくなっても、この街のどこかで静かに一歩を積み重ねる人は必ずいる。
私もその一人でありたい。

そしてできるなら、この街が「走る人を応援する街」であり続けてほしい。
そう願いながら、明日もまた走ります。


※本記事は一市民・一ランナーとしての個人的な考えであり、医療機関としての公式見解ではありません。

あけましておめでとうございます

2026年1月4日

新年のご挨拶

明けましておめでとうございます

 

旧年中は、当クリニックにご来院いただき、誠にありがとうございました。 地域の皆さまに支えられながら診療を続けてこられたことに、心より感謝申し上げます。

昨年を振り返りますと、印象深い出来事のひとつに、1月2日の休日当番があります。 この日は200人を超える患者さまが来院され、朝から夕方まで慌ただしい一日となりました。 不安な中で受診された方が多く、地域医療の役割と責任の重さを改めて実感しました。

日々の診療では、患者さまの不安に少しでも寄り添い、 安心して帰っていただけるよう、スタッフ一同、丁寧な説明と対応を心がけてまいりました。


初詣(近所の八幡宮にて)

新年の初詣は、元日の雪が落ち着いた翌日に近所の八幡宮へ参拝しました。 気温は0度前後と寒さはありましたが、例年に比べると幾分穏やかで、 澄んだ空気の中、静かな気持ちで一年の始まりを迎えることができました。

近所の八幡宮にて(元日の雪が落ち着いた翌日に初詣)

また今年も1月2日は、夜間診療所での勤務があり、 夜間に20人前後の患者さまを診察しました。 年始という特別な時期だからこそ、地域医療を支える役割の大切さを改めて感じました。


今年初めてのスイーツおせち

お正月には、今年初めてスイーツおせちをいただきました。 見た目も華やかで、家族とともにゆっくりとした時間を過ごすことができ、 心身ともに良いリフレッシュとなりました。 写真の後方には、家で過ごす愛犬の姿も写り込んでいます。

今年初めていただいたスイーツおせち(後ろには家でくつろぐ愛犬の姿も)

【診療開始のお知らせ】
当クリニックは、1月5日より通常診療を開始いたします。

本年も、地域に根ざした、わかりやすく丁寧な医療を大切にしながら、 皆さまの健康を支えていけるよう努めてまいります。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

ジゼルを観劇してきました

2025年12月9日

娘のジゼルと、ウクライナ国立バレエのジゼルが重なった一日

 

この週末、思いがけない “ジゼル尽くし” の一日になりました。 本来なら、娘が大学の公演でジゼル役を踊る日。ところが私はどうしても仕事があり、会場へ行けず……。 妻だけが娘の晴れ舞台を観に向かい、私は地元で留守番となりました。

同じ日、地元ではウクライナ国立バレエが「ジゼル」を上演しており、開演時間が娘の公演と “ちょうど1時間違い” という偶然。実はチケットは前もって購入していたため、 まるで娘の舞台に寄り添うように、同じ演目を別の地で観るという不思議な体験となりました。

第1幕の終わりは胸を打たれ、思わず涙が浮かぶほど。録音音源ではありましたが、 ダンサーたちの気迫と美しいラインに引き込まれ、物語の世界にすっと入り込んでしまいました。

そして第2幕。通常の演出では、アルブレヒトはジゼルに救われて地上に残り、ジゼルだけが天国へ旅立ちます。 しかし今回の公演では、なんとアルブレヒトもジゼルと同じく天国へ向かい、天上で二人が結ばれるという結末に。 美しいとも言える一方で、思わず 「あれ、二人とも天国に行ったの?」 と戸惑うほど、印象的なラストでした。

さらに珍しく、第2幕終了後のカーテンコールでは撮影が許可され、挨拶するダンサーたちの写真や軽い動画まで撮影することができました。 この記事にはその一部も併せて掲載したいと思います。

カーテンコールの写真と動画

ジゼルとアルブレヒト、主要キャストの挨拶


応援の拍手に包まれるカーテンコール(撮影許可時間内)

※撮影許可の出たカーテンコールのみ撮影しています。


やはりバレエ観劇は心を満たしてくれます。同じ演目でも演出が変われば新たな発見があり、 踊りが紡ぐ物語に触れるたびに、観る側の感情までも揺さぶられます。

娘の公演を直接観られなかったのは残念でしたが、それでも思いがけない偶然に導かれた「ジゼル」の一日は、 とても豊かな時間となりました。

歩ける鳥居、浮かぶ鳥居、そして光る鳥居。宮島で見た美しさ

2025年12月4日

潮が描く神の景色:宮島・厳島神社で出会った四つの大鳥居


原爆ドームと平和記念資料館を訪れ、戦争の悲惨さと平和の尊さについて深く考えさせられたあと、宮島へ向かいました。
広島の歴史の重みを胸に抱えながら向かった宮島では、自然と信仰がやわらかく溶け合う穏やかな時間が流れていました。

原爆ドームでの体験が心に静かに残る中で見た大鳥居は、潮や時間によって姿を変え、生命のように表情豊かでした。
ここからは、私が宮島で目にした干潮・満潮・夕方・夕刻という四つの鳥居の姿を記していこうと思います。


📸 干潮時に歩いて近づけた大鳥居

干潮時には潮が大きく引き、鳥居のすぐそばまで歩いて行けるほどでした。
海底の砂の感触を確かめながら見上げた鳥居は迫力があり、まるで海が道を開いてくれたような特別な時間でした。


📸 海に浸かる大鳥居

数時間後、同じ場所へ戻ると景色は一変していました。
先ほどまで歩けた場所はすべて海の下に沈み、鳥居は海に浸かりながら凛とした姿を見せていました。

干潮と満潮という自然の営みだけで、景色がここまでドラマチックに変わることに心を奪われました。

自然と信仰が調和した厳島神社ならではの美しさを強く感じた瞬間でした。


📸 夕方、青みが濃くなり始めた時間の大鳥居

日が傾きはじめ、空の青が徐々に深まっていく時間帯。
光が弱まりつつある中で立つ鳥居は、静けさをまといながら、また違う表情で迎えてくれました。

満潮とも干潮とも違う、光と影が織りなす柔らかな時間。
宮島の一日の移ろいを感じられる瞬間でした。


📸 夕刻、わずかに明るさが残る時間帯の大鳥居

夕刻になると空気は一段と青みを増し、空にはわずかな明るさだけが残っていました。
その中でライトアップされた鳥居のオレンジ色が鮮やかに浮かび上がり、海面にも柔らかく反射していました。

昼でも夜でもない「わずかな光の残り香」が作り出す美しさに、しばらく足が止まりました。
宮島でしか出会えない、静かで幻想的な時間でした。


🏯 宮島しゃもじに込められた縁起

宮島名物のしゃもじには、「福をすくう」「運をすくう」「勝利を呼び込む」という縁起のいい願いが込められています。

厳島神社を歩いたあとに手にするしゃもじは、お守りのような温かさがあり、島の文化と祈りがそっと伝わってくるものでした。


🏝 まとめ:自然と文化が息づく宮島

干潮・満潮・夕方・夕刻という四つの時間帯に、宮島の大鳥居は見事なほど多彩な表情を見せてくれました。

自然の移ろいそのものが信仰の景色となり、宮島という場所の尊さを静かに語っている。

次は季節や潮の高さを変えて歩き、また違う表情の宮島に出会いたいと思わせてくれる旅でした。

原爆ドームと平和記念資料館で感じた平和への想い

2025年12月4日

原爆ドームと平和記念公園を歩いて

広島で平和について考えた一日

 

先週、学会参加のために広島を訪れました。せっかくの機会だったので、以前からずっと訪れたいと思っていた 原爆ドーム平和記念公園を歩いてみました。静けさの中に刻まれた歴史と向き合う時間は、 想像以上に心を揺さぶられるものでした。

原爆ドームで感じた「空気の違い」

広島で最初に向かったのは原爆ドームでした。建物の全景を目の前にした瞬間、写真では決して伝わらない重みが胸に迫ってきました。

静寂の中に立ち続ける原爆ドーム。
周囲より冷たく感じた空気とともに、過去の重みが伝わってきた場所。

ドーム周辺を歩いていると、周囲よりも気温が2〜3度低いような冷たい空気を感じました。気のせいかもしれませんが、その空気の違いが、この場所に刻まれた歴史の深さを静かに物語っているようでした。

妻に声をかけようとした瞬間、

言葉が喉の奥で止まり、涙がこぼれそうになる。

そのような不思議な感覚に包まれました。建物の前に立つだけで、心が自然と締めつけられるようでした。

周囲には多くの外国の方々も訪れており、皆が真剣に説明文を読み、静かに立ち尽くしている姿が印象的でした。
平和を願う気持ちは国を越えて共有されていると強く感じました。


資料館で触れた「戦争の現実」と禎子さんの物語

続いて訪れた平和記念資料館では、被爆当時の写真や遺品が数多く展示され、戦争の悲惨さが現実として迫ってくる時間でした。

その中でも特に心に残ったのが、「原爆の子」として世界に知られる佐々木禎子さんの記録です。

禎子さんは「千羽鶴を1000羽折れば願いが叶う」と信じて、病室で折り鶴を作り続けました。

2歳で被爆し、元気に成長していたものの、小学校6年生で白血病を発症。
「病気が治ってまた走りたい」という純粋で切実な願いが込められていたのでしょう。

資料館には禎子さんの写真、家族の証言、そして病室で折られた小さな鶴の一部が展示されており、 ひとつひとつの鶴に「生きたい」という思いが込められていることが伝わってきて胸が締めつけられました。


原爆の子の像の前で感じた祈り

資料館を出て公園の中を歩いていくと、佐々木禎子さんの願いを象徴する「原爆の子の像」が見えてきました。 像の姿は、禎子さんの物語が今も世界に語り継がれている証のようでした。

「千羽鶴を折れば願いが叶う」と信じた禎子さん。
その祈りは、色鮮やかな折り鶴とともに今も世界中へ広がり続けている。

像の周囲には、世界各国から届けられた折り鶴が並び、色とりどりの祈りが風に揺れていました。
禎子さんの短い生涯が、平和を願う世界中の心をつなぐ象徴になったことを改めて実感しました。


平和を願い続けるということ

原爆ドームと原爆の子の像。たった2つの場所を訪れただけでも、広島が伝えようとしている想いは深く心に届きました。

平和は当たり前ではなく、守り続けなければならないもの。

その思いを胸に、これからも日々を過ごしていきたいと思います。

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