「疲れるから甲状腺ホルモンを増やす」は本当に正しいのでしょうか?
甲状腺機能低下症で治療中の患者さんから、「疲れます」「だるいです」「むくみます」「体重が増えました」という相談を受けることがあります。橋本病の方だけではありません。バセドウ病治療後の方、甲状腺手術後の方、放射性ヨウ素治療後の方でも同様です。
症状がつらいことは事実です。私もそのことを否定するつもりはありません。しかし、症状があることと、甲状腺ホルモンが不足していることは同じではありません。
私が最初に確認すること
甲状腺機能低下症の治療で最も重要なのは、現在の甲状腺ホルモンが適切に補充されているかどうかです。
そのため私はまずTSHとFT4を確認します。これらが適正範囲に入っていれば、少なくとも甲状腺ホルモン不足は改善していると判断します。
病名ではなく、現在の甲状腺機能を評価することが大切です。
橋本病であっても、バセドウ病治療後であっても、甲状腺機能が適正であれば、症状の原因を甲状腺以外にも求める必要があります。
「疲れるなら増やしましょう」は親切に見えます
患者さんが「疲れます」と言ったとき、
「それなら薬を増やしてみましょう」
という対応は、一見すると親切に見えるかもしれません。患者さんも「話を聞いてくれた」と感じるでしょう。
しかし医療の目的は、患者さんを喜ばせることではありません。
医療の目的は、患者さんを健康にすることです。
疲労感の原因は本当に甲状腺でしょうか
疲労感は極めて一般的な症状です。
睡眠不足、ストレス、加齢、貧血、更年期、睡眠時無呼吸症候群、運動不足、心疾患、精神的ストレスなど、数多くの原因があります。
甲状腺機能が正常であるにもかかわらず、疲労感だけを理由に甲状腺ホルモンを増量することは、原因を確認しないまま降圧薬や糖尿病薬を増やすことと本質的には変わりません。
私が危惧していること
甲状腺ホルモンは、
不足を補う薬
です。
元気になる薬ではありません。
必要量を超えて投与すれば、患者さん自身が気付かないところで、体には確実に負担がかかります。
過量投与では、
・動悸
・頻脈
・心房細動
・心不全
・骨粗鬆症
・骨折
・不眠
・イライラ
などのリスクが増加します。
特に中高年では、
心房細動による脳梗塞
や
骨粗鬆症による骨折
は、人生を大きく変えてしまう可能性があります。
私はこれらのリスクを軽く考えるべきではないと思っています。
実際には、甲状腺ホルモンを少し多めに飲んだからといって、その日から心房細動になるわけではありません。
しかし、何年にもわたって必要以上の甲状腺ホルモンにさらされ続けることで、そのリスクは確実に高くなります。
患者さんご本人は調子が良くなったと感じていても、その代償として将来の健康を損なう可能性があるのです。
本当に患者さんのためになる医療とは
私は患者さんの症状を否定したいわけではありません。むしろ症状があるからこそ、その原因を正しく見つけたいと考えています。
薬を増やせば、患者さんは安心するかもしれません。
患者さんが安心することと、患者さんのためになることは同じではありません。
症状だけを見て薬を増やすのではなく、その症状の本当の原因を探すこと。それが専門医として最も大切な役割だと考えています。
甲状腺ホルモンは不足を補うための薬です。不足している方には必要不可欠な薬ですが、体調改善を目的として際限なく増やしてよい薬ではありません。
当院では検査値と症状の両方を大切にしながら、長期的な健康を見据えた治療を心がけています。